Pages

2013/02/01

家族でつくる味ー池田家の飯寿司づくり






 11月に入ると、浦河では、あちこちの家で飯寿司*づくりがはじまります。鮮魚店を営む池田家では、毎年、何度かに分けて行うといいます。理由は、長い時間、お店を空けないようにするため。飯寿司づくりを見せて欲しいと池田家に伺うと、お店とつながった自宅の居間で、奥さんのあつ子さんが、今年2回目の漬け込みをしていました。


 あつ子さんが池田家に嫁いできて数年の間は、米を炊いたり、野菜を切ったりする準備は手伝っても、漬け込みは、お義母さんのトシさんの仕事を見ているだけ。ある年「一緒に漬けてみるかい」と言われて、桶の中に手を入れさせてもらえるようになり、とても嬉しかったといいます。トシさんは12年前に亡くなり、今は、あつ子さんが池田家の飯寿司の漬け込みをひとりで担っています

 池田家の飯寿司の素材は、魚は秋鮭、小さくきざんだキャベツ、細切りにした人参、生姜、そして炊いたご飯。珍しいのは、発酵を促進するために使われる麹を一切使わず、よく使われる日本酒ではなく焼酎を使うこと。なぜ、焼酎なのか。「義母が生きているうちに聞いておけばよかった」あつ子さんは残念そうに言います。

 あつ子さんは、樽の中に、野菜、魚、お米を、何段も敷き重ねていくのですが、魚を敷いた後には、塩を手でつかみ、盛大に振りかけます。他の料理と同様、飯寿司も、この「塩ふり」で、味が決まります。重ねは、他の人に手伝ってもらっても、「塩ふり」だけは、必ず漬け手がするそうです。あつ子さんが、塩を準備する器は、トシさんが使っていたものをそのまま使っているそうですが「どんなに思いっきり振っても、いまだに、義母が器に盛っていた量を使い切れたことはない」といいます。「手仕事」という身体の一部を使う仕事ゆえに、身体が変われば、同じ仕事にはなりえない、ということなのだと思います。





 桶に漬け込んだ後は、蓋をして、重石をします。軽い重しからはじめて、水のあがり方や日数を見て、少しずつ重いものに変え、最後は30kg近くまで増やします。重石を変えていく「押せ」の仕事は、主人の義信さんの役目です。トシさんは、もともと夫の平吉さんに「押せ」を頼んでいたそうなのですが、息子のほうが頼みやすかったのか、いつしか義信さんの仕事になり、漬け手があつ子さんに変わった今も続いています。「飯寿司の味は、結局のところ『押せ』で決まるんだわ」と、義信さんは言います。持ち手がついて、重ねやすい重石を使う家も多いなかで、池田家で使うのは昔ながらの丸い自然石。新しい樽を初めて使う時には、中の漬かり具合が均一にならずに「樽があばれる」ので、夜中に漬け物石が転がり、その音で起こされることもあるといいます。「押せ」は、樽の様子を見ながら細かく調整する、意外と繊細な仕事のようです。

 漬け込んでから約40日後、いよいよ樽を開け、ひっくり返して、水を切ります。この「樽を返す」のは、漬け手である、あつ子さん「以外の」家族の仕事です。実は、あつ子さんは、飯寿司の発酵臭が苦手で、樽を返すことはもとより、飯寿司を食べることもできないのです。つまり、自分の味を自分で確かめたことがない。味を確かめる役割は、ずっと義信さんと、その妹の純子さんが担ってきました。まず、義信さんが味見をし、次に純子さんが味見をするのが決まった順序だそうです。毎年、樽を開ける時にはプレッシャーを感じるというあつ子さんにとって、2人の反応が返ってくるまでの時間は、とてもとても長く感じられるといいます。

 現在の池田家の飯寿司は、あつ子さんの漬ける手、義信さんの押す腕、義信さんと純子さんの舌がひとつになって、つくられているのです。

 「ずっと、お義母さんの味を引き継いできたつもりだったんだけど、やっぱりもう、私の味になってるって、主人は言うんですよね」「そう、もうお前の味になってるんだわ」1月に入って、今年の飯寿司の出来をたずねた私に、あつ子さんと義信さんはお互い顔を見合せながら、そう話してくれたのでした。



 「家の味」というのは、決してゆるぎないものではなく、家族に誰かが加わり、誰かが去っていく、その移り変わりとともに変化し、その変化ごと「家の味」として、残っていくものなのでしょう。まるで、それ自体が生き物であるかのように。

*飯寿司とは、北陸や北海道など寒い地域の郷土料理で、魚、野菜、米飯、麹を基本的な材料として桶に入れ、重石をし、乳酸発酵させる「なれずし」の一種。使われる魚は地域によって異なりますが、浦河では秋鮭を中心に、ホッケやサメガレイなどが使われます。


池田家(池田鮮魚店)
北海道浦河郡浦河町大通4丁目7
0146-22-2619


文・写真 宮浦宜子(うらかわ「食」で地域つなぐ協議会 研修生)

0 コメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。

 

Copyright © うらかわ「食」の手帖(β版) Design by Free CSS Templates | Blogger Theme by BTDesigner | Powered by Blogger