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2013/04/19

心と身体が満ち足りる食事の秘密―Eyam(エヤム)



私が、「レストラン Eyam(エヤム)」の「本日のランチ」を初めて食べたのは、今年2月のことでした。去年秋に浦河へ来た当初から、エヤムでスタッフとして働いていた方に、本当に美味しいからぜひ食べて、と熱心に勧められていたのですが、数が限られていることもあって、なかなかその機会に恵まれなかったのです。


その日の主菜はメンチカツ。もともとフライがあまり得意ではない上に、風邪を引きかけていて、食欲もあまりなかった私は、全部食べられるかな、と一瞬不安になりました。しかし、一口食べて、全くの杞憂であることがわかりました。今まで食べたことがないほど、軽やかなメンチカツ。弱った身体にもやさしい揚げ物でした。また、副菜やサラダ、どれを口にしても、丁寧につくっている、その「手」が感じられるのです。ひとくち食べるごとに、食べものが身体に染みわたっていくような気がして、食べ終わった時には、心も身体も満ち足りて、なんだか元気になったような気がしました。どうしてそんな風に感じるんだろう、その秘密を知りたいと思いました。

このエヤムは、もともと隣接する「ビクトリーホースランチ」という軽種馬牧場の社長さんが、牧場で働く人のための昼食を提供してくれないか、と管理栄養士の小野里百合子さんに相談したのがきっかけとなって2005年に生まれたレストラン。「本日のランチ」は、オープン以来、牧場で働く人に毎日提供し続けている昼食を、一般のお客さんにも提供しているものだそう。

後日、店主の百合子さんに「ぜひ、調理の現場を見せて欲しい」とお願いし、3月のある一日、「本日のランチ」がどうやってつくられているのか、見せて頂くことになりました。

朝9時半。突然入った特別な予約のために、追加で食材を買い出しに行った百合子さんが、外から戻ってきました。「こうやって、いつも予想もしないことが起こるのが、エヤムなの」と、ほがらかに笑いながら、エプロンとスカーフを身につけ始めます。「今はこんなにおしゃべりだけど、一歩キッチンに入ったら全く変わるのよ。キッチンは私の戦場なの」。



いよいよキッチンに入り、今日のスタッフの岡野ゆうなさんと今日のメニューを確認します。メニューは、百合子さんが朝起きて、その日の天候と気温を確認してから、組み立てるそうです。今日は冷え込んだから、身体を暖める料理にしよう、というように。「今日はカレーをつくります」。普段「本日のランチ」でカレーを出すことは、ほとんどないそうなのですが、今日は特別な理由がありました。

数日前から牧場に研修に来ている中学3年生の男の子が、緊張のせいか、なかなか食事を完食できないというのです。食事を提供する前に書いてもらうアンケートの「好きな食べもの」欄には「カレーライス」と書かれていました。「好きなものなら食べられるかな、と思って」。カレーライスにサラダ、そしてブルーベリーヨーグルトプディングが今日のメニューになりました。

早速、百合子さんは土つきの太い人参をむきはじめます。皮をむくと人参の強い香りが漂ってきます。「これは浦河で有機栽培をしている農家さんの人参。傷が入って市場への出荷ができなくなったものを分けてもらっているの」。皮はできるだけ薄く、傷の部分を切り落とすのも最小限にして、廃棄する部分をできるだけ減らしているのがわかります。農家さんが大事に育てた野菜を少しも無駄にしたくないという気持ちが伝わります。そうして思いのほか小さく切っていきます。「人参はね、好き嫌いのある野菜だから、少し小さめにするの」。



キッチンでは、とにかく秤が多用されます。百合子さんが用意する手書きのメニューには、材料のところに1人前のグラム数が書いてあります。野菜を切るにも計りながら切っていきます。例えば、じゃがいもを4切れ入れると、1人前の分量になるように、重さを揃えて切っていくのは、驚きました。

「本当は、スープストックからつくるのが理想だけれど、そこまでは時間をかけられないから、今日は豚挽肉と、表面を焼いた鶏肉からスープをとります」。百合子さんは「プロのテクニック」と「主婦のわざ」のバランスを、常に考えているといいます。調理にかけられる時間と体制、材料費という制約の中で、その日にできるベストを尽くすということなのでしょう。

とはいえ、大事なところには手間と時間をかけます。エヤムでは、挽肉の状態で肉を仕入れることはしないそうです。薄切肉からミンサーで挽肉をつくっていくのです。「挽肉になってしまうと、そこに何が混ざっていても、わからなくなってしまうでしょう?私は、自分が安全だと思えない食材を家族に食べさせたくないし、家族に食べさせたくないものは、お客さまにも食べさせたくないの」。



肉と野菜が煮込まれたスープ鍋からは、よい香りがただよってきます。しばらくすると、百合子さんは、人参とジャガイモを取り出し、それぞれ別の容器にとりおきます。盛りつけの際に、ちゃんとひとり分の分量の野菜を入れるためというのです。そこまで徹底するんですね、と驚く私に百合子さんは言いました。「そうじゃなければ、エヤムという看板をあげて、お店として食事を提供する意義がないでしょ?カレーライスなんて、誰でもつくれる料理だもの」。

エヤムが生まれるきっかけとなった、ここで毎日昼食を食べる牧場の人々の仕事は、とても体力を使うし、特に馬に乗る仕事の場合は、体重管理も必要となります。「食に対しては、自分なりにいろいろな思いを持ってきたけれど、やっぱり舞台がなければ、伝えることはできないでしょ」。日々の食事を通して、働き手の健康を守ることを第一に期待されて生まれたこのエヤムは、百合子さんにとっては願ってもないステージだったのでしょう。



百合子さんがカレーライスに取り組んでいた間、ゆうなさんは黙々とサラダの準備をしていました。はじめてエヤムのサラダを食べた時、あれ、キャベツの千切りってこんなに美味しかったかな、とびっくりしたのを覚えているのですが、ゆうなさんの準備をみて、その理由がわかるような気がしました。とにかく丁寧に、できるだけ細く、包丁で刻んでいくのです。ピーラーは芯の部分など本当に最小限しか使いません。20人弱の分量ですからかなりの時間がかかります。そうして、しっかり水にさらし、しっかり水を切ります。その手間があの美味しさにつながっているんだと思いました。

12時過ぎ、最初のお客さんがやってきました。若い乗り手さんです。厨房の中をのぞきこんで、「こんにちは」と挨拶し、カウンターに座ります。百合子さん、ゆうなさんは「おかえりなさい」という言葉で迎えます。カウンターの上には、ふきのとうや、アスパラなどがグラスに差して置いてあり「あ、ふきのとう、もう出てるんですね」と、自然と会話もはじまります。




朝からたっぷり身体を動かしている若い乗り手さん。出された食事を本当にもりもりと食べていきます。食べることにまっすぐ向きあってる感じがして、見ているこちらも気持ちよくなります。「みんな一生懸命たべてくれることに感謝してる」と百合子さんが言うのもわかるような気がしました。一方で、それは丁寧につくられた料理に対する、食べ手の自然な応答のようにも思えます。

乗り手さん以外にも、毎日、昼食を食べにくる方がいます。ご主人を亡くされた後、ほとんど食べられなくなってしまったというそのご婦人は、エヤムでの毎日の昼食を通して、少しずつ食を取り戻していったそうです。百合子さんは、どのようなものであれば、食べられるのか、少しずつコミュニケーションしながら、調理を工夫していったといいます。また、食べられない食材の多い乗り手さんとは、スーパーで待ち合わせをして、食べられるものを一緒に探したと言います。この日は、カレーライスが苦手という彼のために、カレーライスに入れていた、人参やじゃがいもなどを使って、豚肉巻きを用意していました。健康を守ることにこだわりながらも、あくまで相手に寄り添う。「家族が求めていることを感じ取って、さりげなく応じるようなことを目指しているのがエヤムなの」と百合子さんはさらりと言います。




2時を回った頃、研修生の男の子が牧場の経営者の方と一緒にやってきました。座っている姿勢からも、緊張している様子が伝わってきます。実は、百合子さん、この男の子のために、少し甘めのルーを別鍋で用意していました。その特別なルーをかけたカレーライスを、ゆうなさんがトレーに載せて彼のもとに持っていきます。今日は食べてくれるだろうか。私までドキドキしてきます。しばらくして、ゆうなさんから「カレー、完食です」と、小さな声で報告がありました。にっこりする百合子さん。ヨーグルトプディングは残してしまったけど、男の子は、ようやくしっかりと食べることができたようです。ひとりの男の子のために、どうしたら食べてもらえるだろうと考え、つくり、食べてくれたことを喜ぶ百合子さんは、まさに子どもの健康を願う母のようでした。

エヤムの「本日のランチ」の献立パネルには「あなたの体を大切に暮らす」とあります。朝から、百合子さんの仕事ぶりや言葉、そこから生まれてくる料理に触れたことで、この言葉がとてもリアリティを持って立ち上がってきました。「本日のランチ」を食べた時に感じた、心も身体も満ち足りたりたような感覚。「家族に食べさせたくないと思うものは、お客さんにも食べさせたくない」「家族の求めにさりげなく応えるように、お客さんにも応えたい」。あの感覚は、家族の健康を大切にするのと同じだけの、手間と気持ちをかけてつくっている食事だからこそ、感じられるものだったのだと思いました。




最後にキッチンを隅々まで磨きあげ、全ての仕事を終えたのは、午後4時すぎ。一日を通して見てきた、百合子さんの姿を一言で表すとすれば「全力疾走」。でも、その姿は決して疲れ果てたようには見えなくて、むしろ充実感にあふれているように見えました。それは、ここで食事をとりにくるお客さんの健康を守るために、今日もベストを尽くしたのだという、静かな誇りからくるもののように、私には思えました。


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レストラン Eyam(エヤム)
北海道浦河郡浦河町西幌別358
TEL 0146-22-2645

月-土 11:30-16:00頃 
日 11:30-15:30頃 ※パスタエヤム(パスタのみ提供)
水曜日定休


文・写真 宮浦宜子(うらかわ「食」で地域をつなぐ協議会・元研修生)





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